ニュー・パブリック・ワークス理事・川口健夫薬学博士(城西国際大学環境社会学部教授)の翻訳による新刊を紹介します。
「マリー・アントワネットの植物誌」
エリザベット・ド・フェドー著 川口健夫訳 (原書房)
◇画像(本書より)
◇読売新聞書評(2014年3月16日「本よみうり堂」)
断頭台で処刑された仏王妃マリー・アントワネット(1755~93)。革命の嵐にのみ込まれる前は、ドレスや髪形、香水など様々な流行を生み出したファッションリーダーとしても知られている。
その王妃、花や木などの植物に並々ならぬ情熱を注ぎ、園芸においても最新流行を発信していたらしい。ベルサイユ宮殿敷地内の“隠れ家”、離宮プチ・トリアノンを彩った貴重な草木を紹介した図譜集だ。
バラやスミレ、ライラックなど80種の植物画を手がけたのは、当時の人気画家たち。中でも「花のラファエロ」とたたえられたルドゥーテ(1759~1840)の描いたバラ、ニワシロユリ、スイセンなどの花々は、写実的かつ優雅だ。
自ら庭師集団を率い、配置まで指示した王妃の執着は、貴族たちの反発をかうことになる。後の悲劇的な運命を考えると、美しい花々にも哀感が漂う。
◇毎日新聞書評(2014年5月11日「今週の本棚」)より抜粋
書籍であり、図鑑でもある本書は、フルカラー、そしてパステルカラーの装丁に思わず目を奪われる。ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」で登場するお菓子の監修をしたのは、マカロンで有名なフランスの老舗菓子店「ラデュレ」であるが、その映画や菓子店の色彩を思い出してしまう一冊だ。
本書には、悲劇の王妃マリー・アントワネットが丹誠込めて造り上げた離宮プチ・トリアノン(小トリアノン)に各国から収集した植物が、植物画の巨匠、ルドゥーテらの手で描かれている。それぞれの植物への解説としてのギリシア神話、ローマ神話などと関連する話も興味深いが、そのルドゥーテの麗しい写実的かつ芸術的な絵画を眺めているだけでもうっとりしてしまう。おそらく、花や植物に対して興味がない者にも訴えかける力がある。それらの断面図も描いているが優雅さを失わない。
しかし、調香が専門の著者によって書かれた蘊蓄は興味を惹く。私たちがなぜ、かぐわしい香りに惹かれるのか。香水を愛するのか。その源も理解できる。人間は、他の動物と同じく、嗅覚に囚われた生き物だ。ただ、本書で触れられているが、各所で書かれている植物の薬効に関しては、根拠が乏しく、注意が必要である。昨今流行のアロマテラピーの効果にも関係する。
王妃は女傑と名高いマリア・テレジアの娘であり、ハプスブルク家の自由な家風で育った。フランスの王室での窮屈な暮らしを疎んで、夫のルイ十六世により与えられた離宮プチ・トリアノンでの自由な生活に夢中になったことも理解できなくはない。王妃の故郷、ハプスブルク家の生活を再現したかったのだろう。王妃自らプチ・トリアノンの設計に夢中になった。
しかし、各国からプチ・トリアノンに集められた植物には巨費が投じられていた。さらに「王妃の『村落』」は名ばかりであり、宮廷の窮屈さから逃れるための、王妃のお気に入りの人物だけが出入りできる自分勝手な場であった。これにも王族や貴族らから批判が集まる。王妃のプチ・トリアノンでの服装は、農婦にならった綿布で作られたもので、髪を解き放ち、麦わら帽子を被る。一見質素に見えるが、人工的な農婦を気取ったものでしかない。王妃は当時のファッション・リーダーであり、その服装は注目を集める。その不自然な「自然」は、プチ・トリアノンの造られた「自然」に繋がる。そして、この王妃が熱心に造り上げた庭園は、気まぐれな浪費であり、のちに民衆の反感を買うことになる。
しかし、こう思わないでもない。以下は筆者の私見である。昨年、王妃マリー・アントワネットの故郷であるウィーンに赴いた。そこで、王妃の父であり、女傑マリア・テレジアの陰で用なしとされ不遇をかこったフランツ一世は、鉱石などの収集にいそしんだ。そしてフランス王妃の姉であるが、病弱であり婚姻戦略(ハプスブルク家は婚姻を通じ国家を強化した)に適さないと母のマリア・テレジアから冷遇されていたマリア・アンナは父と心を通わせ、その父のコレクションを引き継いだ。彼女には科学的なセンスがあった。二人の合作によって生まれたのが、ウィーンの自然史博物館である。その自然史博物館を見学し、その物量に圧倒された。不幸で、ただし裕福な人たちが、今の博物学、そして自然科学に貢献しているのではないかと想いを馳せる。マリー・アントワネットもそのひとりではないだろうか。
「マリー・アントワネットの植物誌」(A5判・244ページ)
定価:4,104円(本体価格3,800円)
原書房オフィシャルサイト